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2chの障害者・メンタル・障害福祉サービス・生活保護・介護・保育・看護など福祉、医療関係を中心にまとめていきます。

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    タグ:法律

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    1: 野良ハムスター ★@無断転載は禁止 ©2ch.net 2016/04/06(水) 22:37:24.48 ID:CAP_USER*
    東京新聞 2016年4月6日 【社説】差別解消法施行 障害のある友をもとう

    障害のある人を締め出さない社会づくりが、障害者差別解消法の目的である。特別扱いではなく、良き友人のように対等の関係を築こうということだ。
    車いすに座った人、白杖(はくじょう)をついた人、また手話でやりとりする人や難病患者の姿もあった。
    先週、およそ七百人の障害者たちが、四月からの法施行を祝って東京都心を練り歩いた。祝賀パレードは全国各地で催された。これほど歓迎される法律も珍しい。
    世界保健機関(WHO)は、全人口の約15%は障害者と推計している。日本では千九百万人に上る計算になる。その割には、町の中であまり障害者に出会わないような気がしないだろうか。
    家族や福祉施設、病院の保護の下で、不本意な生活を余儀なくされる人も多い。それは安心して送り出せない世の中であることの裏返しでもあろう。
    障害の有無によって分け隔てる不平等な環境や仕組みを改め、差別や偏見を取り除く。差異や多様性を尊重し合う社会をつくるための手段として、効果を期待されるのが差別解消法である。
    法は障害を理由とする不当な差別的取り扱いを禁じている。
    例えば、バスの乗車を拒んだり、診察の順番を後回しにしたりすることや、就職の内定取り消しも許されない。
    さらに、障害者のニーズに応じて、過重な負担にならない範囲で手助けや便宜の提供を課してもいる。これを合理的配慮と呼ぶ。

    ◆障害者は情報発信を
    例えば、車いす利用者に合わせてテーブルの高さを整えたり、目や耳の不自由な人に点訳や手話通訳を用意したりすることだ。
    法の制定に尽力したNPO法人DPI日本会議の佐藤聡さんは「どんどん差別されよう」と逆説的に呼びかける。障害者の差別体験の発信が重要になるからだ。
    確かに、いわゆる健常者にとっては、どんな事柄が差別行為なのか分かりにくいかもしれない。

    http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/images/PK2016040602100121_size0.jpg
    上のイラストを見てほしい。
    衣料品売り場で、気に入った洋服を指さす車いすの女性と、付き添いの男性。そして、店員が男性に向かって「お連れの方の服のサイズは?」と尋ねている。
    よくある場面に見えるが、なにか問題があるのだろうか。
    これは不当な差別的取り扱いになりうる。目の前の本人を無視して、付き添いや介助の人のみに話しかければ、障害者の人としての尊厳を傷つけてしまう。その身になってみれば分かるのに、健常者はついそんな態度を取りがちだ。
    障害者との接し方が分からないという声も多い。幼いころから共に遊び、学び、また働く機会がめったにない社会だからだろうか。
    NPO法人障害平等研修フォーラムは、障害者を交えて、差別や不平等について学び合う場を自治体や学校、企業で設けている。イラストはその材料のひとつ。久野研二さんはこう語る。
    「黒人差別をなくすのに、黒人は白人になれ、とは求めない。女性差別をなくすのに、女性は男性になれ、とは求めない。ところが、健常者になれ、と強いられてきたのが障害者差別の歴史だった」
    治療や訓練を重ねて、心身の機能を回復させる。それが自立や社会参加の条件とされてきた。
    法の最大の意義は、その発想を逆転させることにある。
    障害者に残されたありのままの能力に合わせ、代わりに健常者の意識や社会の構造を変える。人としての尊厳を保ち、自由に暮らす権利を等しく保障するためだ。
    健常者の独り善がりな哀れみや正義感は禁物だ。行動は同じであっても、かわいそうだから優しくしよう、気の毒だから手を差し伸べようというのでは、変わったことにはならない。これが“心のバリアー”と呼ばれるものだ。
    繰り返すが、法の施行で変わるべきは健常者の方なのである。

    ◆見えぬ障壁に気づく
    誰しも抱えうる障害をよく知る上でも、友人づくりは共生社会への近道ではなかろうか。大方の障害者は、世の中の方に「障害」があって、自分らしく生きづらいと感じている。きっとそう気づく。
    「世の中で最も哀れなのは、目は見えていても、ビジョンのない人だ」-。視力と聴力を失い、発話にも困難を抱えた米国のヘレン・ケラーの言葉である。心の目をしっかりと見開いていたい。

    http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2016040602000209.html

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    SG030060_360
    1: 番組の途中ですがアフィサイトへの\(^o^)/です (ワッチョイ 8f9f-R4zx) 2016/03/31(木) 21:15:54.03 ID:ycfQaqCS0.net BE:155736978-2BP(1001)
    排除せず、受け止めて…障害者らパレード

    日本テレビ系(NNN) 3月31日(木)21時6分配信
     障害者の差別を解消する新しい法律が来月1日に施行されるのを前に、障害者らが都心をパレードした。

     パレードには、600人以上の障害者らが参加し、来月1日に施行される法律を知ってほしいと呼びかけた。

     「障害者差別解消法」は、企業や店舗、行政機関などが障害を理由に入店や入学を断ったり、対応を拒否することを禁止する。

     パレードでは、「身体や知的障害のある人を違うからと排除せず、受け止めてほしい」と訴えた。.
    http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20160331-00000087-nnn-soci

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    1: 海江田三郎 ★ 2015/09/14(月) 11:09:53.35 ID:???.net
    http://healthpress.jp/2015/09/post-1979.html

    ここに興味深い調査結果がある。NPO法人「高齢社会をよくする女性の会」(代表・樋口恵子)が2013年に行なった
    「人生最期の医療に関する調査」だ。調査対象は、全国の10代?90代の5390人(女性4031人、男性1359人)。
     食べられなくなり、意思表示ができなくなり、治る見込みがなくなったとき、延命のため胃ろうからの栄養補給を望むかという
    質問に対し、85.4%の人が「してほしくない」を選んだ。同様に鼻チューブでの栄養補給を「してほしくない」が86.9%。
    こんなに多くの割合の人が、経管栄養をしてほしくないと望んでいる。
     同じ質問を医療者に行った結果も出ている。胃ろうを「してほしくない」医師は85.1%、看護師は88.8%。
    鼻チューブを「してほしくない」医師は84.0%、看護師は94.1%だった。普段患者と接している看護師はその苦しさを見ているせいか若干高め。
    やはり医師も看護師も経管栄養を望まない人が大多数だ。
     なのに医療現場では、未だに意識のない高齢者に経管栄養が行なわれている。

    「命を救うことが医療の使命」との思いが......

     その原因のひとつに、医療現場の「延命至上主義」を挙げるのは、医師で
    『欧米に寝たきり老人はいない 自分で決める人生最後の医療』(中央公論新社刊)の著者・宮本顕二さん、宮本礼子さん夫妻。
     礼子さんの勤める認知症病棟では、本人や家族が経管栄養や中心静脈栄養を希望しない場合、
    食べるだけ、飲めるだけで看取るようになったという。穏やかな最期を迎えられるそうだ。以前は1日500mlの点滴を行なっていたが、
    それで2?3カ月延命できるものの、患者は極端にやせ細り、褥瘡(じょくそう=床ずれ)もできるなど、苦しむことがあったからだ。

     患者と接する看護師は「穏やかに看取るのも私たちの仕事と思えるようになった」と話す人が大多数だが、
    「栄養失調で死んだだけじゃないの」と言う看護師もいるという。介護士の中にも「(点滴など)できることはしたほうがよい」という意見もある。
     当たり前だが、これまで医学は一人でも多くの人の命を救うために発展してきた。昔なら命を落としたはずの病状の人が、
    現代医療の恩恵を受け死なずに済んだという例は数えきれないほどあるだろう。
    しかし、その延命至上主義が、寿命がつきかけている高齢者に対しても同様に発揮され、
    ひたすら「死なせない」ためにあの手この手を打っているのが今の状態ではないだろうか。
     医師、看護師、そしてほかの医療スタッフも、高齢者に対してスムーズに「治療」から「看取り」へとシフトすることができないのが多くの医療現場の現状だ。

    医療者から出てくる「餓死」「見殺し」という言葉

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